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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)5825号 判決

原告(反訴被告)

上田小夜子

右訴訟代理人

中本照規

被告(反訴原告)

山田忠男

右訴訟代理人

増井俊雄

外二名

主文

一  被告(反訴原告)が別紙目録(一)記載の土地につき有する法定地上権の地代は、昭和五三年一二月九日から一ケ月金四万五〇〇〇円であると定める。

二  被告(反訴原告)の有する前記法定地上権の存続期間が昭和五一年一〇月一六日から満二〇年であることの確定を求める原告(反訴被告)の請求を棄却する。

三  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴について生じた分はこれを二分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とし、反訴について生じた分は、被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  本訴請求原因

1  別紙目録(一)〈省略〉記載の土地(以下「本件土地」という。)及びその上に存する別紙目録(二)〈省略〉記載の建物(以下「本件建物」という。)は、もと訴外角谷喜一郎及び訴外吉留(旧姓角谷)陽子の共有であつたところ、右両名は、昭和四五年一二月一四日訴外尼崎浪速信用金庫に対し、本件土地及び同建物につき、それぞれ抵当権を設定した。

2  その後昭和五一年三月一九日、右訴外信用金庫が本件土地及び同建物につき、前記抵当権に基づく競売の申立をし(神戸地方裁判所伊丹支部昭和五一年(ケ)第一三号不動産競売事件)、これに基づいて競売手続が進められた結果、本件建物については、訴外株式会社三護商会が昭和五一年九月一六日、これを競落し、同年一〇月一六日までに右競売代金を支払い、かつ、右同日その所有権移転登記を経由して本件建物の所有権を取得すると同時に、その敷地である本件土地につき、建物所有を目的とする法定地上権を取得するに至つた。

3  次に、被告は、同年一〇月七日、右訴外会社から本件建物を買受け、同月二六日本件建物の所有権移転登記を経由すると共に、本件土地に対する右法定地上権の譲渡を受けてこれを取得した。〈以下、事実省略〉

理由

一原告主張の請求原因1ないし3の事実はすべて当事者間に争いがなく、また、〈証拠〉によれば、訴外尼崎浪速信用金庫が、昭和五一年三月一九日、本件土地建物に対する抵当権に基づき、本件土地建物につき競売の申立をし(神戸地方裁判所伊丹支部昭和五一年(ケ)第一三号事件)、その後右競売手続が進められた結果、原告が、昭和五三年一〇月一九日、本件土地を競落し、同年一二月九日までに右競落代金を支払い、かつ、右同日その所有権移転登記を経由して本件土地の所有権を取得したこと、そして本件土地は、以後引続き現在に至るまで、原告の所有であること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

してみれば、被告は、原告の所有する本件土地につき、原告主張の本件法定地上権を現に有しているものというべきである。

二そこでまず、本件法定地上権の適正地代額について判断する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(1)  本件土地は、阪急電車今津線の宝塚南口駅の西南西方約1.3キロメートル、同逆瀬川駅の西方約1.7キロメートルのところに位置し、附近は、丘陵地を開発造成した分譲住宅地で、中級住宅地域であること、

(2)  本件土地の北西側は、間口約一七メートルに亘り巾員約四メートルの舗装道路に面し、その奥行は約一四メートルで、ほぼ台形状の平担画地であり、その南東側は、隣接地との間に、約五メートルの段差があり、従前は、石積による擁壁(石垣)となつていたが、現在は、基礎及び腰部分は、鉄筋コンクリート、擁壁部分は、ブロック積になつていること、

(3)  本件土地は、原告が昭和五三年一〇月一九日に代金九三〇万円で競落したものであるところ、右競落代金の利廻りを、年五パーセントとして計算すると、その額は、年額金四六万五〇〇〇円、一ケ月金三万八七五〇円であり、年5.5パーセントとして計算すると年額金五一万一五〇〇円、一ケ月四万二六二五円であり、また、年六パーセントとして計算すると、年額金五五万八〇〇〇円、一ケ月金四万六五〇〇円であること、

(4)  本件土地の昭和五四年度の固定資産税評価額は、金五八七万七一九〇円であり、その公租公課は、年額金四万〇〇七〇円であり、また、昭和五一年度の公租公課は、年額金二万五〇八〇円であること、

(5)  鑑定人山本耕一は、本件土地の適正地代額を、昭和五一年当時は一ケ月金四万六八〇〇円、昭和五四年八月一日当時は一ケ月金五万三一〇〇円と鑑定評価していること、

ところで、右鑑定評価は、本件土地の更地の基礎価格(賃料を算定するための基礎とする価格)を、昭和五一年一〇月当時は金一七四一万三〇〇〇円、昭和五四年八月当時は金二〇六七万八〇〇〇円とし、本件法定地上権の借地権割合を四〇パーセントとして、右借地権価格を右基礎価格から控除した上、これに対する期待利廻りを年五パーセントとするなどして、いわゆる積算方法により純地代を算出した上、これに公租公課等を加算して、昭和五一年一〇月当時の適正地代を鑑定評価し、また、昭和五四年八月当時の適正地代は、右積算方法とスライド方法を併用して、その適正地代を鑑定評価したものであること、

(6)  なお、本件法定地上権の借地権割合を五〇パーセントとし、鑑定人山本耕一の用いた適正地代の算出方法を用いてその適正地代額を試算すると、その額は、昭和五一年当時は一ケ月金三万九四五五円、昭和五四年八月当時は一ケ月金四万七七一〇円(但し、積算方法のみによる)となること、

(7)  本件法定地上権設定に際しては、権利金・敷金・保証金等はさし入れられていないこと

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

しかして、以上認定の諸事情を勘案して考えると、原告が本件土地の所有権を取得した昭和五三年一〇月当時の地代相当額は、一ケ月金四万五〇〇〇円と認めるのが相当であつて、右認定を左右するに足る証拠はない。

もつとも、被告は、本件土地は崖上にあつて、その擁壁が数ケ所に亘つて崩れていて穴があいており、右擁壁に近い地上に陥没が生じていて危険であつたので、被告がその補修工事をしたから、本件土地の地代を決定するに当つては、右の事情を考慮すべきであると主張しているところ、後記に認定の通り、被告は、昭和五四年五月頃、その主張の擁壁等の改修工事をして計金二五〇万円を支出したことが認められる。しかしながら、地上権の設定されている土地の所有者には、土地を使用し得るようにこれを修補する義務はないと解すべきであるのみならず、本件においては、後述の通り、右改修工事は、本件土地の維持管理のために必要不可欠のものであつたとは認め難いし、さらには、前記認定の地代は、主として、被告が右改修工事をする以前の本件土地の時価等を一基準として定めたものであつて、右改修工事による増加額を考慮して定めたものではないから、被告が右改修工事をしたことをとらえて、前記認定の地代額を左右することはできないものというべきである。

なおまた、被告は、本件法定地上権の借地権割合は、少なくとも六〇パーセント以上であるのに、鑑定人山本耕一の鑑定は、右借地権割合を四〇パーセントとして右地代を鑑定評価したものであるから、不当であると主張している。しかしながら、本件法定地上権の設定に当つては、権利金・保証金等の一時金がさし入れられていないところからすれば、その借地権割合を六〇パーセントとすることは相当でないのみならず、前記認定の一ケ月金四万五〇〇〇円の地代額は、右借地権割合や前記鑑定人山本耕一の鑑定の結果のみに基づいてこれを認定したものではないから、結局、右の点に関する被告の主張は採用できない。

三次に、本件法定地上権の存続期間の確定を求める原告の請求について判断する。

本件法定地上権の存続期間の確定を求める原告の請求は、本件法定地上権が存続期間の定めのないものとして民法二六八条によつてその確定を求めている趣旨と解される。ところで、本件建物が昭和五一年九月一六日に競落され、その競売代金が遅くとも同年一〇月一六日までに支払われたことは前記の通り当事者間に争いがないから、本件土地に対する右被告の法定地上権は、遅くとも右昭和五一年一〇月一六日に発生したものというべきである。そして、本件法定地上権は、建物所有を目的とするものであることは、前記の通り当事者間に争いがないから、本件法定地上権については、特別法である借地法(大正一〇年四月八日法律第四九号)が適用され、当事者間で協議が調わない場合には同法二条一項によつてその存続期間が定まると解すべきところ(最高裁昭四八年(オ)第一〇一八号同四九年二月二六日第三小法廷判決・民事裁判集第一一一号一七三頁参照)、本件法定地上権が非堅固な建物所有を目的とするものであることは弁論の全趣旨により明らかであるから、本件法定地上権の存続期間は、特に裁判所が定めるまでもなく借地法二条によりその成立の時である昭和五一年一〇月一六日から満三〇年と定まつているものというべきである。

してみれば、本件法定地上権の存続期間の確定を求める原告の請求は失当である。

四次に、被告の反訴請求について判断する。

1  原告が昭和五三年一二月以降本件土地を所有しており、一方、被告が本件土地につき、原告が本件土地の所有権を取得した当時から建物所有を目的とする法定地上権を有していたことは、さきに認定したとおりであり、また、本件土地は、傾斜地を宅地に造成したものであつて、本件土地の南東側には、高さ約五メートルの石積による擁壁が設置されていたこと、昭和五四年一月当時、前記擁壁の下部に四か所にわたり横穴があつたこと、昭和五四年二月原告が、本件土地の崖下の土地所有者の要求で前記横穴四か所をコンクリートで埋める工事をしたこと、以上の事実については当事者間に争いがない。

2  次に、右1の事実に〈証拠〉によれば、被告は、昭和五四年五月頃、訴外「はま建築」こと浜孝雄に、本件土地の地表及び本件土地の南東側の擁壁の改修工事等を代金二五〇万円で請け負わせ、本件土地の地表の空地をコンクリート敷とし、また、前記擁壁の基礎部分を鉄筋コンクリートにし、その上にブロックを積むなどの改修をしたこと、そして、被告は、右浜孝雄に対し、昭和五四年五月二日頃から同年七月一六日までの間に、右工事代金として、合計金二五〇万円を支払つたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

3 しがしながら、地上権の設定されている土地の所有者は、地上権者に対し、土地の使用を妨げてはならない義務を負うけれども、他に特約がない限り、賃貸人のように土地を使用に適する状態におく積極的な土地の補修義務はないと解すべきところ、本件においては、右特約のあることについては何らの主張立証もないから、原告には、本件土地の補修義務はなかつたものというべきである。

のみならず、前述の被告のなした工事が、本件土地の維持管理に必要不可欠な工事であつたとの事実を窺わせる証人浜孝雄の証言及び被告本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。却つて、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、本件土地の南東側は、崖となつており、もとは石積みの擁壁(石垣)が設けられており、その下部に水はけ等のため四つの穴が設けられていたこと、ところが、その後右擁壁の下部にあつた四つの穴から土砂等が流出し、危険となつたところから、原告は、昭和五四年二・三月頃、本件土地の下にある土地の所有者の訴外積水ハウス株式会社の要求により、同訴外会社と話合つて、右擁壁の補修工事をしたこと、右補修工事には、約三一万円を要したが、原告は、そのうち金一〇万円を負担したこと、そして、右補修工事の結果、右擁壁が崩れるような危険はなくなつたので、訴外積水ハウス株式会社は、本件土地の下の土地に建物を建築したこと、したがつて、その後は、本件土地の擁壁等について、被告主張の如き工事をする必要はなかつたところ、被告は、昭和五四年四月一四日付内容証明郵便をもつて、原告に対し右擁壁の補修工事をするよう請求したので、原告は、被告に対し、同月二七日付翌二八日到達の内容証明郵便をもつて、右擁壁の補修工事をする必要はないとして、これを拒否する旨の回答をしたこと、以上の事実が認められるから、右工事は、本件土地の維持管理に必要不可欠のものではなく、その改良のためになされたものというべきである。

4 してみれば、本件法定地上権の性質や前記被告のした改修工事の内容に照らし、原告には、右工事をすべき義務はなかつたものというべきであるから、被告が右改修工事をして訴外浜孝雄に支払つた工事代金二五〇万円については、もともと原告においてこれを支払うべき義務はなく、したがつて右金二五〇万円相当を原告において不当に利得したものということはできないし、また、右工事により、本件土地の価値が増加したとしても、前記認定のとおり、右工事は本件土地の改良のためになされたものであり、かつ、弁論の全趣旨によれば、本件土地は被告において現にこれを占有使用していることは明らかであるから、右工事により本件土地の価値の増加した増価額については、民法六〇八条二項一九六条二項の規定により、将来被告が本件土地を原告に返還する場合においてその価額の増加が現存する場合に限り、原告の選択により、右工事費用の全額又は増価額の償還請求をすることができるに過ぎないのであつて、今直ちに原告において右増加額相当を不当に利得したとして、民法七〇三条により、右工事費用の全額の返還請求をすることはできないというべきである。

さらに、前述したところから明らかな通り、原告には、もともと前記擁壁等の改修工事をすべき義務もなければ、その必要もなかつたのであるし、また、原告は当時右工事をすることに反対の意思を表明しており、右工事をすることは原告の意思に反することが明らかであつたから、右改修工事をすることは、本来原告の事務ではなかつたというべきである。したがつて、被告が右改修工事をしたことをもつて、それが原告のためにする事務管理とは到底認め難いから、被告が右改修工事をしたことを理由に、民法七〇二条により、被告の支払つた前記工事代金の償還請求をすることはできず、ただ、被告は、前述の通り、民法六〇八条二項一九六条二項の規定により、将来被告が本件土地を原告に返還する場合において、その償還を請求し得ることがあるに過ぎないのである。

5  したがつて、原告に対し、民法七〇三条又は七〇二条に基づき、被告の支払つた前記工事代金二五〇万円の支払をら求める被告の反訴請求はすべて失当である。

五よつて、原告の本訴請求に基づき、被告が本件土地について有する法定地上権の地代は、昭和五三年一二月九日から一ケ月四万五〇〇〇円と定め、なお、右地代の確定を求める訴は、いわゆる形式的形成訴訟と解されるので、右地代につき、原告が一ケ月金四万五〇〇〇円を超え一ケ月金一〇万円であることの確定を求める部分については特に主文においてこれを棄却する旨の判示をしないこととし、右法定地上権の存続期間が定めのないものとして、その期間が昭和五一年一〇月一六日から満二〇年であることの確定を求める原告の本訴請求部分及び民法七〇三条又は七〇二条により金二五〇万円の支払を求める被告の反訴請求は、いずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(後藤勇 塩月秀平 山下郁夫)

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